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17 うーうー

         自転車の旅 (25)

 

 

   パナマに出発 左手は置くだけ、右手でハンドルで

 

   ブレーキとハンドル操作ぎこちないがなんとか走れた。

 

   ただ前にはしる、はしる、

 

   ただそれだけ道路もそんなに悪くなかったので

 

   なんとか走れた。前へ前へと、なんか自転車を運転出来る喜びが

 

   こみ上げて来てなんかうれしかった。

 

   嬉しさが込み上げて来てなにも考えずもくもくと自転車を走らした。

 

   時間の感覚もなくなっていた。知らないうちにパナマに着いていた。

 

   港だ石君が今日はここで寝ようと言うので、テントを張った。

 

   僕は知らない間に寝入っていた。

 

   しかし翌日になるとグターうーうー 苦しくなった、立てない 食欲もない 

 

   後でよく聞いてみると黄熱病の注射を打つと黄熱病と同じ様な症状が現れるらしい、

 

   俺は左手に注射を打ち体も弱っていたのでガーンと症状が現れたみたいだった。

 

   俺はその場所で7日間寝続けた。その時色々旅のこと思い出した。

 

   毎日毎日走り続けて食べる事 寝る場所を見つける事 それだけ

 

   他に何も考えられなかった。sex  お金のこと 将来の事 何にもただはしることだけ、

 

   あーあの時砂漠で疲れたと砂漠でダイノジになた時どうでもいい、

 

   どうにかなる どうにかなる そんな感じだった。

 

   石君は時々俺の様子を見にきて大丈夫と声をかけて来た。

 

   俺はうーんとしか言えなかった。立つ事も食べる事もなにもできなかった。

 

   石君は一週間俺がダウンしている時、何をしてたんだろう、

 

   石君は色々な人と話をして情報を得ていたみたいだ。

 

   例えばパナマからコロンビアまで陸路では行けない。

 

   話によるとパナマからコロンビアまでジャングルそしてコカインの産地

 

   だから陸路では行けない 危ない地域らしい 船でしか行けない 

 

   色々な情報を得ていたようだった。俺は一週間とびとびしか記憶がない時々石君の顔が

 

   現れる。

 

   フラフラ俺には怖さはなかった。多分俺の頭は どうでもいい 

 

   最後はどうにかなるわって感じだったのかな 

 

   7日目ぐらいに物を少し食べられる様になって来た時、石君が聞いて来た。

 

   「そろそろ行ける」と俺はちょと無理かもと思ったがこれ以上迷惑はかけられないので 

 

   「行ける」と応えた。俺はフラフラしながら立ち上がった。

 

   石君が言うのにはコロンビアまで船で1万3千円位だと

 

   ちょと高いがこれしかしょうがないなと思った。ライフスタイル、ライフ、暮らし、生活 ライフスタイルブログ・テーマ
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